日本経済は再生するか、アベトクロダノミクス(1)

半年間、執筆を止めていた。前回は“アベノミクス”の中間評価で終わった。半年後のいま、どうやら日本の経済は再生への分岐点にさしかかっている。
内容を(1)(2)(3)と小分けしたが、(1)の部分は前回とあまり変わっていない。新しい動きが見えてきたのは(2)(3)の部分である。

“アベトクロダノミクス”という造語は、もちろん安倍首相と黒田日銀総裁をさしているのだが、新しい造語ができるほど、黒田総裁が日本経済再生にはたす役割が大きい。

アベトクロダノミクスの成果を評価しようとすれば、何が“成功”で、何が“不成功”かを定義しておくことが必要だろう。“成功”のゴールは、黒田総裁自身が、2013年4月の“異次元金融緩和”発表に際して、明らかにしている。すなわち「2%の物価上昇率と4%の名目GDP成長率を定常的に実現する」ことである。実質GDP成長率は「名目成長率―物価上昇率」で2%ということになる。

ただし黒田総裁の発表は明らかに経済成長より物価上昇に重きを置いていた。その理由は、安倍首相と黒田総裁の役回りにもあるが、黒田総裁がはっきり物価上昇を目標として設定したからだ。「日本の経済は長年のデフレで委縮している。消費者は消費することより貯金することを選択し、企業は投資することよりより節約することを選択している。このようなデフレマインドを、ゆるやかなインフレ実現で、一掃する必要がある」。

日本の経済は、この25年間、まったく成長しなかった。上図に見るように、名目GDPが500兆円以下にはりつき、しかもこの10年間、物価が下がって、実質GDPを下まわっている。インフレなら、先の物価が上がるから、消費者はモノを早く買おうとする。デフレでは、先の物価が下がるから、最後まで買おうとしない。企業経営がむずかしくなる。

財務省も困っている。日本は1000兆円を超える累積財政赤字財務省は、口先では増税を主張しているが、これだけの赤字を増税で解消できないことはわかっている。大幅な経済成長もむずかしいとすれば、残る手段はインフレしかない。第一次世界大戦後のドイツでも、また戦後の日本でも、インフレで累積赤字を解消した。

経済学者のなかに“リフレ”を主張する一派がいる。あからさまに“インフレ”とは言いにくいので“リフレ”と言っている。彼らは「今のデフレをつくったのは日銀だ」と主張してきた。日銀が、日銀券を大量に印刷して市場にばらまけば、デフレが解消できると考えた。日銀は「札束を必要以上にばらまけば、バブルの種になり、いずれ収拾不能な高インフレになるだろう」と反論した。

アベノミクスは“リフレ派”の主張を引っ提げて登場した。まず日銀総裁の首を差し替え、黒田総裁が登場した。その成果が2013年4月の“異次元金融緩和”。「おおむね2年間に2%の物価上昇を実現する。そのために年間60−70兆円の国債を日銀が購入。2012年末のマネタリーベース(日銀が市場に供給する現金量)138兆円を、2年間に、2倍に増やす」。このあと、2014年11月に更なる追加緩和を実施、国債購入金額を年間80兆円に増額した。

日本では、政府が新規発行する国債を日銀が直接買い入れることは、認められていない。国債を引き受けることができるのは、主として市中銀行郵貯、年金、保険、証券等の金融機関である。そこで日銀は、市中銀行等が引き受けた国債を、あらためて再購入することにした。銀行等が保有する国債を日銀が買い取り、代金を支払えば、銀行等の手持現金量が増える。

日銀は市場に出まわるお金の量をコントロールしている。お金が不足していると考えれば、銀行等が保有する国債を購入して現金を供給し、お金が過剰だと考えれば、日銀保有国債を銀行等に売って現金を回収する。2013年4月の金融緩和を“異次元”と表現したのは、これまで日銀がタブーとしてきた“インフレ目標(=2%”を打ち出し、その手段として、従来と比べ、格段に大きな現金を供給する方針を示したからである。

すぐ効果が出たのは為替レートだった。ドル円は、2012年末の90円から、現在の120円まで、円高から円安に流れを変えた。それから株価日経平均株価は、8千円から、現在の2万円超まで上昇した。

逆に消費は縮小した。無理もない。異次元金融緩和の1年後、2014年4月、消費税を3%増税した。昨年の賃金上昇は微々たるものだったから、消費減少は当然の反応だった。GDPの6割を占める家計消費の縮小で、2014年の実質GDPはマイナスになった。今年は自民党内閣あげての財界要請で賃金が上昇し、平均賃金が約2%強上昇したと伝えられる(4月連合集計)。消費税3%増税で、物価が2%強上昇したと計算すれば、やっと消費税に賃金が追いついたことになる。しかし、この実績も全企業を集計したわけではないので、賃上げがどこまで浸透しているか、まだわからない。

輸出も大きく期待を裏切った。消費増税後の消費をおぎなうと期待されたのだが、これだけ円安になっても輸出量が伸びていない。円安の利益で輸出価格を下げれば輸出が増えるはずだが、企業は量より質(利益率)を重視し、利益を企業内に溜め込んでいる。今年に入り貿易赤字が縮小しているのも、必ずしも輸出が増えているからでなく、原油価格の下落が原因と云われている。

設備投資も増えていない。特に国内向けの設備投資が増えていない。国内消費が増えなければ国内向け設備投資も増えないのだろう。一方、円安の恩恵を受けた企業は、この3月決算で、史上最高の収益を記録している。設備投資がないからキャッシュリッチ。それを株主還元して株価上昇を手伝っている。

ただし、企業利益の上昇と賃上げ、それに株価上昇で、街の景況感は上向いている。世の中はちょっぴり明るさをとりもどしたようだ。

ここまでは前回までの評価とあまり変わらない。だがまだ最終的な評価を出すには早すぎる。特に黒田総裁が強調した“インフレ目標”に達していない。物価が上がらなければデフレから足が抜けない。(続く)