アベノミクスは正念場

アベノミクスが“見込みちがい”に足を取られている。消費が低迷し、予定通り、経済の拡大が進まない。

アベノミクスは、20年にわたるデフレ、円高財政赤字を克服し、経済に成長力を取り戻そうということで出発した。2%の物価上昇(デフレムードを払しょくするために穏やかな物価上昇が必要という趣旨)と、そのうえで実質2%のGDP成長率実現が目標。財政面では、2020年までに基礎収支を黒字化することを国際公約した。同時に前政権時、自民、民主、公明が合意した消費税引き上げを継承した。

財政の基礎収支とは国債費(国債の償還と金利の支払額)を除く歳出と、歳入の収支である。家計に例えれば、住宅ローンの返還分と利子を棚上げして、家計収入と家計支出が見合っている状態。ローンの返済も、利子の支払もできないが、それでもこれ以上借金は増えない。今の日本の財政は歳出が税収の倍もあって、基礎収支が大幅マイナス国債を返済するどころか国債の元利返済のために新たにお金を借りている状態である。返しても、返しても、確実に借金が増え続ける無限地獄。

しかもその基礎収支でさえ、赤字が大きすぎて、正常化する計画が立たない。そこでまず、2015年度までに、基礎収支の赤字を半分にすることにした。それを数字にしたのが下表の内閣府「中長期の経済財政に関する試算」である。もちろん消費税10%への増税を組み込んでいる。これだけ経済成長があれば基礎収支のマイナスが半減するという計算。

この計画に従えば、名目GDPの成長率が 2013年度 1.9%(これは実績)、2014年度3.3%、2015年度2.8%。実質GDPはここから予想される物価上昇率を差し引けばよい。実質GDPはそれぞれ 2.3%(実績)、1,2%、1,4%になる。

年度 2013 2014 2015
実質GDP成長率% 2.3 1.2 1.4
名目GDP成長率% 1.9 3.3 2.8
消費者物価% 0.9 3.2 2.5

ところがスタートしたばかりの2014年度の計画が下振れしている。4−6月の実質成長率は年率換算でマイナス7.1%。消費増税直後の3か月だからやむおえないが、問題はその回復、特にGDPの7割を占める消費の回復である。しかし、消費者の実質所得がほとんど上がっていないことを考えれば、常識的に、当分期待できそうもない。そのかわり円安で輸出が増えると期待していたのだが、これだけ円安になっても、輸出は増えていない。このままでは、7月以降、年間の成長率を実質1.2%まで挽回するのは苦しい。今年度の実質成長率は0.5%位だろうと予想する論者が多い。

見込みが違ったぶん、基礎収支の赤字半減が遠のいたことになるが、実はそれはどうでもいい。もともと、多少でも経済に通じた人間なら、超インフレにでもしないかぎり、日本の財政が健全化するなど、信じていない。

そんな夢のような話より、いま大切なことは、経済が活気を取り戻すことだ。国民はそれをアベノミクスに期待している。実際に成果はあった。これだけ円安になり、公共事業が復活し、有効求人も増え、金融緩和も続いている。但しその成果はすべて企業に溜め込まれてしまった。実際、上場企業は史上最高の利益に沸いている。そのうえ法人税減税までやろうとしている。だが企業に溜め込まれた利益が市場に還元されなければ、景気は良くならない

厚労省の毎月勤労統計調査(対象は従業員5人以上)によれば、この7月の現金給与総額は、前年比2.6%増と、1997年以来の増加だった。しかしボーナスや残業を除いた所定内給与は前年比0.7%増。消費税3%とその他の物価上昇を勘案すれば、実質賃金は大幅に減少している。

トリクルダウンと云うアメリカの学説がある。トリクルとは水の滴(しずく)。富める者が富めば、富の滴(しずく)が貧しい者をも潤すという、いかにもアメリカらしい理屈だが、富める者を企業、貧しい者を国民と解釈すれば、アベノミクスはまさにそれを実行しようとしている。だが、これだけの利益をあげながら、企業の目は海外に向いている。富める者の滴(しずく)は国内市場には落ちてこないのだ。それを変えることができるか、アベノミクスは分岐点に立っている。

一方で物価上昇は順調。円安による輸入品の値上げに、便乗値上げまで加わって(値上げに臆病だった企業が、このところ急に大胆になり、値上げを始めた)、家計を圧迫している。GDP成長率は前期比で表現されるから、次の7−9月のGDP成長率は高い数字で出てくるだろうが、消費者の実質所得低下はごまかしようがない。国内購買力が低下したままでは、いずれ景気は先折れする。

アベノミクス第三の矢は成長政策というが、最大の成長政策は企業成果の市場還元、すなわち雇用増加賃金引き上げにある。その具体策がない。

策がないわけではない。たとえば正規雇用と非正規雇用の区分廃止。国民代表としての“年金基金”をもの言う株主」にする国内販売を税制上優遇する(むかし輸出優遇税制があった)等、有効な方法はあるはずだ。私企業に対する政治の不干渉など、きれいごとを言っている場合ではない。

政府は「消費者に成果が還元されるには時間が必要」と言うが、ひたすら企業のご機嫌をとって、企業のおこぼれを期待するだけでは、円安だけが進み、輸入品の価格上昇で、市場は深刻なスタグフレーション(不景気とインフレの共存)に陥る。それも目の前に迫っている。逡巡している時間はない。